研究代表者 松本歯科大学障がい者歯科学講座 教授 小笠原
正
共同研究者 社会福祉法人
JOY明日への息吹 緒方克也
國學院大學法科大学院 教授 佐藤彰一(弁護士)
全国権利擁護支援ネットワーク代表 おおつき歯科医院、 大槻征久
研究協力者
おがた小児歯科(福岡県) 石倉行男
沖縄県口腔衛生センター歯科診療所 加藤喜久
沖縄県口腔衛生センター歯科診療所 上地智久
沖縄県口腔衛生センター歯科診療所 砂川英樹
蒲郡市歯科医師会 佐藤 厚
蒲郡市歯科医師会 稲吉直樹
おがた小児歯科医院 石倉行男
おがた小児歯科医院 道脇信恵
おおつき歯科医院 大槻真理子
富山県歯科保健医療総合センター 折山 弘
富山県歯科保健医療総合センター 水野二郎
富山県歯科保健医療総合センター 日出嶋康博
富山県歯科医師会歯科医師会センター 立浪康晴
山梨県口腔保健センター 渡辺秀昭
山梨県口腔保健センター 鈴木智子
山梨県口腔保健センター 一瀬千冬
山梨県口腔保健センター 風間富雄
山梨県口腔保健センター 志村 隆
鳥取県西部歯科保健センター 八尾正己
松本歯科大学障がい者歯科学講座 准教授 岡田芳幸
松本歯科大学障がい者歯科学講座 助手 磯野員達
松本歯科大学障がい者歯科学講座 助手 石原紀彰
松本歯科大学障がい者歯科学講座 助手 樋口雄大
松本歯科大学特殊診療科 助手 朝比奈伯明
前文
障害者歯科の臨床で患者の意思決定を支援するためには、その背景にある権利擁護の考え方を理解する必要がある。
それは
2014年に我が国が批准した国連の障害権利条約に原点がある。
障害者権利条約の第
25条「健康」には「締約国は、障害者が障害を理由とする差別なしに到達可能な最高水準の健康を享受する権利を有することを認める。
締約国は、障害者が性別に配慮した保健サービス(保健に関連するリハビリテーションを含む。)を利用することができることを確保するためのすべての適当な措置をとる。」とされている。
この条約との整合性から国内法である障害者基本法が改正法として施行され、そこに障害者の人権擁護に関する基本的な考え方が記されている。
例えば第
3条
(地域社会における共生等)では、「第1条に規定する社会の実現は,全ての障害者が,障害者でない者と等しく,基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ,その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有することを前提としつつ,次に掲げる事項を旨とし図らなければならない。
1 全て障害者は,社会を構成する一員として社会,経済,文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会が確保されること.
2 全て障害者は,可能な限り,どこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され,地域社会において他の人々と共生することを妨げられないこと.
3 全て障害者は,可能な限り,言語
(手話を含む
.)その他の意思疎通のための手段についての選択の機会が確保されるとともに,情報の取得又は利用のための手段についての選択の機会の拡大が図られること.」
とされており、共生社会の実現のために障害者のあらゆる権利を障害のない人と同様に保証する考えが述べられている。
この権利擁護の考えを基礎として、意思決定とその支援、合理的配慮の考えがある。
この権利擁護は福祉の考え方であるが、福祉の領域だけでなく障害者の生活のすべてで保障される考えである。
したがって医療でも同様で、権利擁護という基本的考えの上で障害者の歯科医療は行われなければならない。
この障害者歯科医療における意思決定支援の考えは、障害者の権利擁護の考えを基本として、臨床の中で患者である障害者本人の意思を尊重し、かつ、患者が適切な意思を表示できるための支援の在り方の手引きである。
CQ1.知的能力障害のある人に歯科治療を受けるか否かの意思決定支援は、しない場合と比較して推奨されるか。 |
1981年に患者の権利に関する
WMAリスボン宣言において、「医療の選択の自由の権利」、「自己決定の権利」が明確にされた。そして
2006年12月13日に「障害者権利条約」が国際人権法に基づく人権条約として第
61回国連総会において採択された。
「障害者権利条約」は、あらゆる障害者(身体障害、知的障害および精神障害等)の、尊厳と権利を保障するための条約である。
日本国政府の署名は、
2007年9月28日で、2013年12月4日に日本の参議院本会議は、障害者権利条約の批准を承認した。
これは、障害者基本法をはじめ障害者関連の法律の改定に伴い、国内の法律が国連の障害者権利条約の求める水準に達したことを受けて批准の承認に至った。
このような経過により我が国では、障害者の尊厳と権利を保障するために法的整備がなされ、障害者の自己決定の尊重が障害者支援の原則として位置づけられた(平成
29年 厚労省 障発
0331第15号)。
全ての国民が障害の有無にかかわらず、等しく基本的人権を享有するかけがえのない個人として尊重されるものであるとの理念にのっとり、歯科治療を受けることにおいても全ての者が自己決定できるように配慮することは、人の尊厳と権利を保障するためにも推奨される。
つまり歯科治療を受けることを自己決定する機会は、すべての障害者に提供されなければならない。
歯科治療を受けるか否かについて基本的習慣の発達年齢が4歳以上で
90%の者が意思を決定できる。
ただし、現段階では発達年齢が
2歳以下では、意思決定を支援する者の能力を越えて、意思を確認できないことがある。
CQ2.知的能力障害のある人は、行動調整法を理解できるか。 |
意思決定支援とは、自己決定を尊重することであり、「可能な限り本人が自ら意思決定できるよう支援し、本人の意思の確認や意思及び選好を推定し、支援を尽しても本人の意思及び選好の推定が困難な場合には、最後の手段として本人の最善の利を検討するために事業者の職員が行う支援の行為及び仕組みとされている」と明記されている(平成
29年 厚労省 障発0331第15号)。
医療行為に対して意思決定を構成する要素として本人の判断能力と医療側の支援能力が挙げられる。医療側の支援能力の向上に努める必要がある。
判断能力は、医療行為の理解と意思表示能力を必要とする。
医療行為の理解は、必要な情報を本人が理解できるよう工夫するといった合理的配慮が重要である。合理的配慮は、ことば以外にイラスト、写真、動画などの提示が挙げられる。
イラストを提示した我々の調査では、身体抑制法と全身麻酔下の歯科治療は、基本的習慣と言語理解の発達年齢が
4歳6ヵ月以上の知的能力障害のある人は、それ未満の者より有意に理解できる者が多く、最低で基本的習慣と言語理解の発達年齢が
4歳2ヶ月の者が理解できた。
日を代えて調査しても身体抑制法と全身麻酔を正しく理解できた者は、
90%以上であった。
したがって、発達年齢が
4歳2ヵ月以上の者は、行動調整法について説明し、本人の意思を確認するように支援することが推奨される。
意思表示能力は、基本的習慣の発達年齢が
3歳代以下の場合、2者択一でも口頭で意思表示できない傾向にある。
多数の選択肢があると
4歳以上の発達年齢でも口頭で意思表示する者が20%程度で、指さしで意思表示する者が70%程度と多い。
口頭で意思表示しない場合、指さしで意思表示する。指さしができない者もいるので、カードを取るといった方法も考慮することができる。
したがって言葉で意思を表示できないことを考慮してカード(絵、写真)を提示し、指さしやカードを取るなどにより意思表示できるようにすることが必要である。
意思表示の方法も個人の特性があるので、留意することが重要である(障害者基本法の第
2条 コミュニケーションの取り方)。
また幅広い選択肢から選ぶことが難しい場合、選択肢を絞った中から選べるようにすることも有用である(平成
29年 厚労省 障発
0331第15号)。
したがって、基本的習慣の発達年齢が
4歳
2ヵ月以上の知的能力障害のある人に対して絵カードを用いて説明することが推奨できる。
4歳2ヵ月未満の者に行動調整法の意思決定のための支援を行うことの方法は、明らかになっていないが、可能な限り意思決定支援を行うことが推奨される。
CQ3.知的能力障害のある人への合理的配慮として行動調整の説明は、動画、イラスト、写真の何が有効か。 |
身体抑制法と全身麻酔下の歯科治療の説明を動画、写真、イラストで説明した結果、いずれも理解できた発達年齢の最適な区分は、基本的習慣と言語理解で
4歳6ヵ月となり、難易度に差がみられなかった。したがって、動画、写真、イラストのどれを用いても良いと判断できる。意思表示の際には、カードを指さすことやカードを取るという行為で意思表示できるイラストや写真の方が動画よりも有効性が高いと考えられる。
CQ4.知的能力障害のある人から回答を得るための工夫は何か。 |
まずは保護者や日常生活の支援者の意見を加えて理解しやすいツールと意思表示できる方法を検討する。発達年齢が低いと口頭での意思表示ができない、発達年齢が高くても複数の選択肢では、口頭での意思表示が難しくなる。
したがって、絵カードや写真などを並べ、指さし、カードを取る方法が挙げられる。
そして可能な限り選択肢を絞るなどの工夫が有用である。1回目で回答が得られない場合は、日を改めて同じ説明を行い、意思の確認を再度行う。
2回目の説明で回答が得られる者がわずかにいる。
CQ5.知的能力障害のある人の回答を得るためにどのくらいの時間をかけるか(待つか)? |
説明後の意思の確認のための時間を5分間としたが、保護者も説明者も待つことができなかった。待ち時間を2分間に設定したところ、発達年齢が2歳以下の知的能力障害のある人の保護者は、60%が中断させ、自分の考えを述べた。発達年齢が3歳代では、30%の保護者が中断させた。
2分間で回答が得られるのは、2歳代で33%、3歳代で60%、4歳以上で94.7%である。
この結果は、治療するか否かという「2者択一」の簡単な質問への回答の結果である。行動調整法を並べて、どれで治療するかという複数の選択肢では3歳代の発達年齢の者は、2者択一よりも低い回答率となる。
4歳以上では、2者択一と有意な差がない。
回答が得られるのは、選択する課題の内容の難易度、選択肢の数が影響し、一概に時間的要因でない可能性がある。
長い時間待てば、回答が得られることは明らかになっていない。
回答がないことの背景は、理解していない、回答したくない、意思表示できないなどが考えられるため、回答がないことを意思がないと判断してはいけない。
回答が得られない場合、日を代える、場所を代えるなどの対応も大事である。
CQ6.知的能力障害のある人の選択を保護者が中断した場合の対応はどうするか? |
意思表示する時間を2分間に設定しても、発達年齢が低い知的能力障害のある人の保護者は、途中で中断し、待てない傾向がある。
保護者は、本人の能力を把握しているため、判断できないと考えている可能性がある。
意思表示については、内容の理解、意思表示能力が必要である。基本的習慣や言語理解の発達年齢が2歳代でも可能であるが、全身麻酔法と身体抑制法の理解は、基本的習慣や言語理解の発達が4歳2ヵ月以上必要である。
4歳未満の発達の知的能力障害のある人では、理解できていない可能性がある。
発達年齢が4歳以上であれば、保護者による中断を差し控えてもらい、意思が確認できるまで待つ事が必要である。
保護者の中断は、医療者側の求める内容と保護者が思っている本人の判断能力に齟齬があることが原因である。
待つことが本人にとって苦痛になるかを検討しなければならない。
したがって、選択の方法について、日をかえる、場所をかえる、説明法を工夫する、さらに待つ、選択しないなど、保護者と検討し、決める。
そして選択しないという本人の意思や思いも考える必要がある。
CQ7.知的能力障害のある人の判断は、1回目の意思の確認を尊重することが推奨されるか? |
我々の調査では、日を代えて行動調整法の選択を知的能力障害のある人に実施したが、2者択一の「治療するか否か」について意思が確認できた者は、ほとんど一致していた(90%)。多数の選択肢の「どれで治療するか?」といった複数選択肢の場合もほとんどが一致していた(86.7%)。
したがって、1回目の意思の確認を尊重できる。しかし、1回目と2回目と異なることもあるので、本人の意思を確認する。
本人の意思の変化があった場合、医療者側は、それを受け止めて対応していくことが重要である。
CQ8.保護者や施設職員は、本人(知的能力障害のある人)の行動調整法を決めることが推奨されるか。 |
1.本人の意思が明確である場合の原則
医療行為は、患者の身体や精神への侵襲行為である。患者の同意のない医療行為は、刑法で傷害罪にあたり、民法では不法行為となる。医療行為を行うために身体への侵害を許可するのは、原則的に患者本人である。したがって行動調整法を実施する際には、患者本人の同意を得なければならず、医療行為に同意する権限は、原則的に患者本人である。知的能力障害のある人であっても本人が治療を拒否する意思が明確な場合、保護者の決定により歯科治療を実施することは、刑法で傷害罪、民法では不法行為となる。同意を得ることが前提となるが、同意を得るための意思決定支援が重要である。意思が確認できない場合もあり、その際に親族に代諾権が認められているが、施設職員や成年後見人には代諾権が認められていない。しかし、意思決定支援に協力することは可能であり、むしろ推奨される。
2.意思を確認できない知的能力障害のある人の場合
意思決定支援を可能な限り実施したとしても意思を確認できない知的能力障害のある人の場合、配偶者や保護者の承諾を得て、医療行為がなされれば、民法上、刑法上は、違法性が阻却(違法と推定される行為について、特別の事情があるために違法性がないとすること)される(日本医師会生命倫理懇談会報告、1990)。
実際の臨床でも家族の同意により医療が行われ、認められている(日本医師会生命倫理懇談会、2000)。
したがって、意思を確認できない場合、本人にとって最善の利益を判断するという観点で選択する。
選択の際には、前述したとおり 「(1)メリット・デメリットの検討」、「(2)相反する選択肢の両立」、「(3)自由の制限の最小化」を考慮して、慎重に検討する。
その場合であっても、本人が理解できるように説明し、本人の納得と同意が得られるように、最大限の努力することが前提である。
さらに、歯科治療を実施せずに病状の悪化防止に努め、経過観察するといった選択肢も考える。
行動調整の選択の意思が確認できない場合、保護者や医療スタッフなどの関係者の合意形成のうえで行動調整法を決定することが推奨される。
3.意思が確認できない知的能力障害のある人で、身よりがない場合の職員の判断
事理弁識能力(ある物事の実態やその考えられる結果などについて理解でき、自ら有効な意思表示ができる能力)のない人の場合、現段階では歯科医師が自らの判断のみで行動調整法を実施することについて結論は出せない。
現在、医療行為に対して成年後見人は医療行為の同意権限が認められていない。職員の代諾は、法的に認められていない。
福祉サービスの提供に関わる意思決定支援では、本人をよく知る関係者が集まって、本人の日常生活の場面や事業者のサービス提供場面における表情や感情、行動に関する記録などの情報に加え、これまでの生活史、人間関係等様々な情報を把握し、根拠を明確にしながら障害者の意思及び選好を推定することが知的能力障害のある人の意思決定ガイドラインに記載されている。
したがって、医療においても本人のこれまでの生活史を家族関係も含めて理解し、施設職員などの関係者が本人の意思を推定し、医療者との合意形成のうえで歯科治療を行うことや選択された行動調整法を実施することが推奨される。
CQ9.知的能力障害のある人と保護者の選択が異なった場合、知的能力障害のある人の意思を優先することが推奨されるか? |
我々の調査では、本人と選択が異なった場合、本人の選択を指示するとした保護者は18%で、保護者自身の選択を優先するとしたのは59%で半数以上を占めた。発達年齢が3歳以上の知的能力障害のある人の保護者は、本人の選択を支持する者がいたが、発達年齢2歳代では本人の選択を支持する保護者はいなかった。本人を説得すると回答した保護者もいた。 しかしながら、前述した通り知的能力障害のある人が明確な意思表示をした場合、医療関係者はそれを支持しなければならない。医療行為に同意する権限は、原則的に患者本人にあるからである。ただし、保護者の理解も不可欠である。現実的に行動調整を実施するには、本人と保護者、そして医療関係者との合意形成が不可欠であるので、治療の必要性、本人の意向を念頭に置いて、本人と保護者、そして医療関係者で時間をかけて十分に検討してもらうことが推奨される。
CQ10.家族など身寄りがいない知的能力障害のある人と施設職員の選択が異なった時、知的能力障害のある人の選択を優先することが推奨されるか。 |
家族などの身寄りがいない知的能力障害者が施設職員と一緒に歯科医院を受診した場合、本人と施設職員の選択が異なる時の状況である。
知的能力障害のある人が明確な意思表示をした場合、知的能力障害のある人の選択を医療関係者は支持しなければならない。
職員の代行判断は、法的に認められていない。
ただし、本人の意向を確認するうえで職員の意見を参考にすることができる。
治療の必要性、本人の意向を念頭に置いて、本人と施設関係者、そして医療関係者で時間をかけて十分に検討することが推奨される。
CQ11.知的能力障害のある人の選択が保護者や歯科医師と異なる選択をした場合、自己決定を尊重する事が推奨されるか? |
イギリスの2005年意思能力法の5大原則のなかには、「ⅲ.単に賢明でない決定を行ったからといって、意思決定ができないとみなされてはならない。」とされており、知的能力障害のある人の選択が保護者や歯科医師からみて不適切と思える時でも、尊重すべきと判断できる。また厚労省のガイドラインにおいても「2)職員等の価値観においては不合理と思われる決定でも、他者への権利を侵害しないのであれば、その選択を尊重するよう努める姿勢が求められる。」とされている。つまり、知的能力障害のある人の選択が保護者や歯科医師からみて不適切と思った時、自己決定を最大限に尊重する事が推奨される。例えば、う蝕があっても、治療したくないという意思を明確にしたならば、それを尊重することが推奨される。しかしながら、う蝕などの歯科疾患の進行のリスクがあるので、う蝕の進行を抑制する処置などを考慮し、リスク管理にも努めることが必要である。一方で改めて意思決定支援の機会を設け、本人の最善の利益を考え、医療関係者は意思の再決定を行うための情報提供を十分に行い、ご本人の決定が孤立したものにならないように配慮することが推奨される。
【参考】
イギリスの2005年意思能力法の5大原則
ⅰ.すべての人は、能力を欠いていると立証されない限り、能力があると推定されなくてはならない。
ⅱ.本人が意思決定をするための、あらゆる実際的な支援が成功しなかった場合にのみ、その人は意思決定ができないとして扱われる。
ⅲ.単に賢明でない決定を行ったからといって、意思決定ができないとみなされてはならない。
ⅳ.本法の下で、能力を欠く者のために行動、あるいは決定がなされるときは、本人の「ベスト・インタレスト」に基づいていなくてはならない。
ⅴ.行動や決定がなされる前に、本人の権利や行動の自由の制限がより小さい方法で、目的を効果的に成し遂げられないか、考慮しなくてはならない。
【参考】
最善の利益(ベストインタレスト)とは?
イギリスで2005年にMental Capacity Act 2005(意思決定能力法、MCA)が制定され、本人の意思が確認できない場合の意思決定は、最善の利益(ベストインタレスト)に基づいていなくてはならないと記載されている。
しかしながら、イギリスではあえて最善の利益(ベストインタレスト)の定義を明確にしなかった(小林、2012)。
これは、個人にとっての「ベスト・インタレスト」を見つけ出すために、柔軟性をもたせているからである(Mental Capacity Act 2005
Code of Practice 5.5.)。
MCAでは、最善の利益(ベストインタレスト)を見出すために考慮すべき項目を以下に挙げている(Section 4(2)-(7), Mental Capacity Act 2005.)。
ⅰ.本人は当該問題に関連する能力を将来回復する可能性があるか否か。その可能性がある場合、それはいつ頃になるのか、を考慮する。
ⅱ.本人に代わって意思決定をする者は、本人のための行為または本人に影響を及ぼす意思決定をするにあたって、合理的で実際的な範囲で、できる限り本人の参加を許可・奨励し、本人の参加能力を向上させるようにしなければならない。
ⅲ.その決定が生命維持措置に関する場合、その措置が本人の「ベスト・インタレスト」 に適うか否かを考慮する際に、本人を死に至らしめる願いに動かされてはならない。
ⅳ.本人に代わって意思決定をする者は、合理的に確認できる範囲で以下について考慮しなければならない。
(a)本人の過去・現在における要望や感情(特に本人が能力を有していたときに書かれた関連のある文書)
(b)本人に能力があれば、本人の意思決定に影響を与えたであろう信念や価値観、
(c)本人に能力があれば考慮したであろうその他の要素。
ⅴ.本人に代わって意思決定をする者は、相談することが実際的かつ適切であるならば、何が本人の「ベスト・インタレスト」かについて、特にⅳで述べたことについて、次の者の見解を考慮に入れなくてはならない。
(a)当該問題または同種の問題に関し、相談されるべき人として本人が指名した者
(b)本人のケアに従事する者、または本人の福祉に関心のある者、
(c)本人により授権された永続的代理人
(d)裁判所に任命された本人のための法定代理人。
CQ12.知的能力障害のある人の回答意思が確認できない場合、どうするか? |
意思決定支援を尽くしても支援者側の能力を超えて意思が確認できない場合、関係者が協議し、本人にとっての最善の利益(ベストインタレスト)に基づいて決定されなければならない。
本人にとって最善の利益を優先した判断は最後の手段であり、かつその利益は医療者が思う最善の判断(第三者的利益)ではない。
次のような点に留意することが必要であるとされている(平成29年 厚労省 障発0331第15号)。
(1)メリット・デメリットの検討
最善の利益は、複数の選択肢について、本人の立場に立って考えられるメリットとデメリットを可能な限り挙げた上で、比較検討することにより導く。
(2)相反する選択肢の両立
二者択一の選択が求められる場合においても、一見相反する選択肢を両立させることができないか考え、本人の最善の利益を追求する。
(例えば、健康上の理由で食事制限が課せられている人も、運動や食材、調理方法、盛り付け等の工夫や見直しにより、可能な限り本人の好みの食事をすることができ、健康上リスクの少ない生活を送ることができないか考える場合などがある。)
(3)自由の制限の最小化
住まいの場を選択する場合、選択可能な中から、障害者にとって自由の制限がより少ない方を選択する。
また、本人の生命または身体の安全を守るために、本人の最善の利益の観点からやむを得ず行動の自由を制限しなくてはならない場合は、行動の自由を制限するより他に選択肢がないか、制限せざるを得ない場合でも、その程度がより少なくてすむような方法が他にないか慎重に検討し、自由の制限を最小化する。
その場合、本人が理解できるように説明し、本人の納得と同意が得られるように、最大限の努力をすることが求められる。
(厚労省ガイドラインからの転記)
つまり、歯科医療スタッフが行える行動調整法のメリットとデメリットを挙げて保護者と歯科医療スタッフが本人の立場に立って最善な行動調整法を考える。
保護者がいない場合もあるが、その時は血縁関係であるのみならず、知的能力障害のある人本人が信頼し、本人を支えていける人と広い範囲で捉えておく。
さらに、「相反する選択肢の両立」として歯科治療を実施せずに予防に努め、経過観察するといった選択肢を考えることも視野に入れて検討することが必要となる。
そして「自由の制限の最小化」の観点から歯科治療時に平静が保てないならば、苦痛の最小化のために全身麻酔法や静脈麻酔(静脈内深鎮静)法を選択することになる。
現実的には、全身麻酔法や静脈麻酔(静脈内深鎮静)法下での歯科治療できる医療機関へ通院できるか、リスクと経済的な問題はないかが考慮されたうえで、保護者や医療スタッフなどの関係者の合意形成のうえで行動調整法の選択を歯科医療関係者が支援する。